SFを通した日韓の交流 ──立役者のお一人であるファン・モガさんに聞く!
日本SF作家クラブと韓国SF作家連帯の作家が、様々なテーマに沿ってエッセイを寄稿した《日韓SF交換日記》。歴史や文化的背景、SFや小説に対する思い、さらには一昨年12月に韓国で出された戒厳令のことや作家の個人的なことも織り交ぜて言葉が交換されていきました。
韓国に日本の作家を、日本に韓国の作家を紹介し、お互いの文化的な背景なども共有できる場をつくりたいと考え始動した本プロジェクトでは、作品が翻訳されていない作家にも参加してもらうことで、それぞれの言語圏で読者が作家の顔を思い浮かべられるようになるということがコンセプトの一つでした。ミン・ジヒョンさんの講演録などと合わせて2026年5月にKaguya Booksから書籍として刊行予定で現在は特典付きの先行予約を行なっています。詳細は【こちら】。
この《日韓SF交換日記》の企画の立案から中心的な役割を果たしたのがSF作家のファン・モガさん。ファン・モガさんは、2019年、他人の記憶が取引される仮想空間を舞台にした短編「モーメント・アーケード」で第4回韓国科学文学賞中短編部門で大賞を受賞しデビュー。その後も社会におけるさまざまな不平等や問題をSF世界に昇華しつつ、人々の生へとまっすぐ目を向けた作品を発表しています。著書に都市伝説をモチーフに日韓の友情を描く『透明ランナー』(廣岡孝弥訳)、日本オリジナル短編集『地上適応困難症』(廣岡孝弥訳)などがあります。
《日韓SF交換日記》では、日本SF作家クラブと協力してそれぞれの作家の作風や経歴に合わせて《日韓SF交換日記》の十二組の著者をマッチングし、通訳や調整役を積極的に担ってくださいました。
そんなファン・モガさんに、この企画に込めた思いや企画に至った経緯、韓国の文化事情についてお聞きしました。
日韓のSF作家の交流の経緯
──はじめに、そもそもファン・モガさんが小説家になった経緯を教えてください。
漫画家志望だったので、日本でアシスタントをしていました。その後は会社員として働きながら、漫画で描いていたネームを元にして小説を書くようになりました。ルポライターになりたいという希望もあって、母語の韓国語で本を読んだり、日記を書いたりしていました。そこで出会ったのが韓国SFでした。
最初は日本の「小説家になろう」にも自分の作品を翻訳して投稿していたんですが、あんまり色が合わないなと思っていたんですね。で、同じものを韓国の小説投稿サイトに載せたら、編集部にピックアップされて、韓国語で本格的に小説を書いてみようと会社を辞めました。運良く『モーメント・アーケード』という作品で第4回韓国科学文学賞の中短編部門で大賞を受賞してデビューしたので、日本で暮らしながら、移民として暮らしてきた自分のアイデンティティを生かしつつ、韓国で小説を発表したいなと。その時ハマっていたのがSFだったので、SFで挑戦しようと思いました。
──日本の作家と繋がりができたのはどういう経緯だったのでしょうか。
韓国ではいろんなチャンスをいただいて、作品を発表する機会があったんですが、せっかく日本に住んでいるし、日本語で作品を紹介したいという希望もあり、翻訳者の廣岡孝弥さんと一緒に出版社に持ち込みをしたり、文学フリマに出たりしていました。
2023年に、日本SF作家クラブ主催のSFカーニバルの中のイベントの一つとして、当時の韓国SF作家連帯の副代表のヘ・ドヨンさんと日本SF作家クラブの池澤春菜さんと一緒に『SF encourage 韓国と日本のSF鼎談』というトークイベントをしたんですね。それがきっかけで、日本SF作家クラブの皆さんに出会いました。
日本のゲームや漫画は世界的に人気ですが、実は韓国で翻訳されている日本のSF小説はまだ多くないんです。お互いの作品をお互いの国の言葉で発表できたらと感じていました。日本SF作家クラブの皆さんは、すごい経歴の方ばかりですし、団体としても60年以上の歴史があって、「私、行っていいのかな」という気持ちがあったのですが、皆さんすごく優しくて、「せっかくなんで何か面白いことをやりましょう」と、毎月一回チームミーティングをしながらアイデアを出して、国際交流イベントなどをしてきました。
──《日韓SF交換日記》の翻訳を手がけた廣岡孝弥さんとは元々お知り合いだったんですね。
K-BOOK振興会、株式会社クオンの共催(後援:韓国文学翻訳院)で行われた、第5回「日本語で読みたい韓国の本」翻訳コンクール(2021年)で、韓国科学文学賞を受賞した私の『モーメント・アーケード』が課題作品になりました。これは課題作を日本語訳するというコンクールで、そこで廣岡さんが大賞を受賞して、そこからの縁です。
──どんな思いで日韓の交流に尽力しているのでしょうか。
私が小説を発表しているのは主に韓国語だし、韓国の読者に会えるので、最初は韓国に戻るべきなのかと悩んでいたんです。でも、家族の生計などの現実的な理由もあり、せっかくなら日本で暮らしながら、日本と韓国を繋げることができればと思っていたんですね。大きなことはできないけど、自分自身も楽しいと感じられる範囲内で何かできればと。だから今日もめちゃくちゃ楽しいし、ずっと嬉しいです。
交流の意義・翻訳の難しさ
──《日韓SF交換日記》の企画を進める中で、国を越えた交流という点でどういうところが良かったと思いますか。
国内の作家の本が出版された時には、検索するとその人の顔写真やSNSが出てくることがありますよね。もちろん邪魔になる時もあるとは思うんですが、その作家のバックグラウンドを入り口に作品に入ったりもできます。
でも海外の作家さんだとそれが難しい。《日韓SF交換日記》で、いいなと思ったのは、その作家の顔や生活が見えるというところです。まず作家を知った上で、その作家が書いている作品が気になるというのはすごく良い。いろんな国の作家が、顔が見えるように外国語でエッセイなどを出すというのはすごくいいなと実感しました。
作品と作家は別だという考え方もあるとは思うんですけど、私はどんな作家なのかが気になります。その結びつきが効果的な時もそうでない時もあるんですが、ある程度の情報は必要だと思っていて、特に外国の作家に対してはもっと知りたかったので、それが実践できて嬉しいです。
──もちろん、文化交流には様々な形があるのが素晴らしいとは思うのですが、言語を超えて交流する際のSFの強みをあえてあげるとしたらどんなことがあると思いますか。
韓国語も日本語もそうだと思うんですけど、例えば純文学は文体が美しいとか、その言葉自体の概念を表せるという力があります。でも翻訳されるときは、翻訳した先の言語でそれに当てはまる言葉があるかどうかで変わってきますよね。元の言語では美しいけれど、翻訳するとそれが生きないというケースもある。
SFはその点、強みがあると思っていて、もちろん文体が美しい作品も多くあるんですが、それと同時に、一つの概念やアイディア、展開や発想や想像力は言葉を超えて理解、共感できる範囲が相当広いと思います。もちろん質のいい翻訳も大事だし、特にSF専門の翻訳者の存在がすごく大事だとは思うんですが、それと共に、このジャンルが持っている力だなと思います。
──モガさん自身が翻訳をするときに気をつけていることはありますか。
私は今は翻訳者として活動しているわけではないという前提で聞いてほしいのですが、日本語と韓国語の翻訳は直訳ができてしまうのがむしろややこしいと思います。文法が似ているので、それが邪魔になっているときもあると思うんですよ。
──言語の構造が似ていて一対一対応の翻訳ができるからこそ、韓国と日本で文脈、あるいはニュアンスなどが異なる表現や言葉を翻訳に反映するのが難しいことがある、ということでしょうか。
そうなんです。もし作家本人とコミュニケーションができるなら、ニュアンスを正しく伝えるためにあえて元の文体を崩す、もしくはもう少し積極的にリライトすることが必要だと思うんです。でも業界のルールや読者の抵抗もあるので難しい。例えばハン・ガン作品の英訳では、割とリライトされていると聞いています。それに対して反対してる人もいたそうです。でも私は、翻訳先の言語に入らない概念もあると思うので、原文に拘らない意訳や理解を助ける表現の補足など必要だと思います。
韓国における文化事情
──今回のSF作家ソンも韓国文学翻訳院の助成金をいただいています。韓国では文化政策が充実していますね。
日本では文化や芸術に国がお金を出すことを、文化人があまり良くないと思っている傾向があると思うんですね。国が内容に介入するかもしれないし、政治的に利用するかもしれないと。
韓国では、90年代の金大中(キム・デジュン)大統領の時に国が文化に助成金を支援するっていう政策を発表していて、その時にお金を出すけど関与しないっていう宣言をしたんですね。それ以降そのコンセプトは続いていて、右翼政権が入ったりすると崩れたりはするんですけど、だいたいリベラル政権であれば関与しないという状態は続くので、最初にそれを宣言したのはすごく大事だと思います。もちろん助成金をもらったら、細かい書類を書かないといけないのでちょっと面倒くさいんですけど……笑
──国が文化にお金を出すというのはすごく羨ましいですね。
自分も韓国で自分の本を出版してから、その補助金でいろんな活動が支えられているなということに気づきました。例えば、自分が寄稿した文芸誌が文化庁の補助金で制作されているということもあります。補助金の種類も多様です。
──日本では、クリエイターがお金儲けなどの俗世的な考えに走るのではなく、自分のクリエーションに注力すべきだという意識があり、それも「国の金銭的援助は良くない」という考えを生んでいると思います。
「好きなことは仕事とは違う」とか「趣味か芸術か」みたいな考えは韓国でももちろんあります。私は韓国SF作家連帯の他に、去年から発足した作家組合に加入しているんですが、それには韓国で作家の仕事が労働として認められていないという問題意識がありました。作家業も労働だし、仕事をしている時に怪我したら保険が下りるようにしたい。例えば作家が腱鞘炎になったら、労災として保険適用するべきだという話をしているところです。この作家組合が労働組合として認められるかどうかまだわからないんですけどね。
ちょうど同じタイミングで、ハリウッドの作家の労働組合も、AIに対する政策の基準を出したりしていたんで、それに合わせて韓国も早く動かなきゃっていう空気もあったと思います。韓国の出版社は、作家ごとに契約書の内容を変える傾向があって、それを防ぐためにアンソロジーに参加する作家が、他の皆さんと同じかどうかを気に掛けるような動きもあります。
──韓国には、ライター・イン・レジデンスのような、作家を対象とした長期滞在型の創作支援システムはありますか。
国内作家向けは割と増えているかもしれません。韓国文化芸術委員会という文化庁の下にある団体が、ホテルと連携して毎年プロジェクトをやっています。私もそれでソウルの明洞にあるホテルに一ヶ月くらい滞在したことがあります。もしくは、ソ・ユンビンさんが今参加されているんですけど、図書館に常駐するというプロジェクトがあるんです。給料20万ぐらいで、6か月ぐらい常駐しながら執筆して、夕方には作文や作劇法に関するレクチャーをやる。
──今まで制度的な面をお伺いしてきましたが、韓国の作家同士のつながりや交流にはどんなものがありますか。
私はデビューした後に韓国SF作家連帯に入って、そこで連帯所属の作家たちと合評会をやっていました。ものすごく学ぶことが多かったです。韓国にはSF専門の編集者が少ないんです。SF専門の出版社じゃなくてもSF小説を出版するんですけど、担当する編集者は、ずっと純文学をやってきた人だったりして、「正直SFに詳しくないので作家の表現そのままを尊重します」というようなフィードバックがあったりしました。その現状を知った上ですでに色々な工夫をしてきた作家さんたちが、合評会で有意義なコメントをしてくれたので、自分は作家としてこれからも頑張ろうという気持ちになりました。それだけでなく、みんなの体験と経験と知恵、いろんな面での情報交換も含めて、実際に助けを得られました。
今は作家が自分のマーケティングのためにSNSを運営したり、YouTubeをやったり、大変だとは思うんですが、いろんなチャンスもあるし、それはいいことだと私は思っています。全世界的に出版媒体の威力が縮小される傾向でもあるので、もっと作家さん同士で色々楽しいことができればと思います。
今後の展望
──最後に、次に何かやってみたいことはありますか。
《日韓SF交換日記》に参加した作家のアンソロジーを日本で刊行したく、そのためレジュメを提出したいです。また、出版社のマーケティングでは、国内である程度売れてる人とか、どれくらいのニーズがあるかというところから外国の作品に注目しますよね。だから、そこから考えると何万部ぐらいは売れないといけないといった制約があると思うんです。でも素晴らしい短編は色々あるので、紹介する形も色々じゃないかなと思っているんですよね。今回の《日韓SF交換日記》もそうですし。
日韓SFアンソロジーも出版する予定で韓国SF作家連帯と日本SF作家クラブが共同企画を進めています。2026年11月に日韓同時発売予定です。それから、立原透耶さんと、『日中韓ネコアンソロジー』をやりましょうという話をしています。その他にも作家同士で色々できればいいなと思っています。
──文化交流の手段は既刊の翻訳出版だけではなく、イベントや作家の紹介など、さまざまな方法が考えられますね。書籍の刊行、ウェブメディアの運営、イベントの企画・運営やプロジェクトのコーディネートを手がけることができる組織として、VGプラスもお手伝いをしていけたら嬉しいです。
例えば韓国SF作家連帯の中で色々企画が上がったとしても、実際全員が作家業なので、自分の仕事の締め切りがある中で実践するのは難しいです。たぶん今回のSF作家ソン(※)のようなイベントも、私が韓国SF作家連帯の方々と一緒に日本で開催するとなったらできないと思うんですけど、今回はVGプラスにその辺の実務的なところをしてもらって、「あれ、これ楽だわ」みたいな(笑)
出版社のお仕事とオフラインのイベントのお仕事はまた全然違うと思いますし、実務面とクリアしながらどうやって連携するかっていうのは韓国でも課題ではあるんですけど、もうすでに日本SF作家クラブの皆さんとは色々コラボをしてきた実績があるので、その経験を生かしてうまく間を取り持つようなことをやっていけたらいいなと思っています。
──一緒に盛り上げていけたらいいですね。貴重なお話ありがとうございました。
告知
※このインタビューは2025年9月に京都で開催された、作家や翻訳者が参加する合宿型の交流イベント〈SF作家ソン〉の中で収録されました。
(聞き手:堀川夢、文字起こし・構成:正井、井上彼方)
ファン・モガさんをはじめ総勢30名以上のSF作家が参加した『日韓SF交換日記 あなたの言葉を聞くための対話』は3月9日までKaguya Bookのオンラインストアで特典付きの先行予約受付中! 詳細はこちらから。
1994年生まれ。VGプラス合同会社代表。2020年に始動したオンラインSF誌Kaguya Planetでコーディネーターを務める。編著書に『社会・からだ・私についてフェミニズムと考える本』(2020, 社会評論社)。『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』と『京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色』(いずれもKaguya Books/社会評論社)の編者を務める。
2014年に個人誌としてSF短編集『沈黙のために』を発表。2017年には『さまよえるベガ・君は』を、2019年には『沈黙のために』の新装版を発行した。「大食い女」を寄稿した『フード性悪説アンソロジー 燦々たる食卓』(2018) をはじめ、数多くの同人誌で小説および短歌・俳句を発表してきた。2019年に第一回ブンゲイファイトクラブ本戦出場。2020年には第一回かぐやSFコンテストで「よーほるの」が最終候補11作品に選出。Kaguya Planetに寄稿した、架空の土地を舞台にした人魚譚「宇比川」とケアとジェンダーをテーマにした「優しい女」はどちらも高い評価を受けた。唯一無二の作風でファンから強い支持を得ている。

