ねつけない夜
6,327字
江戸期に著された鼠の育種教本、『珍翫鼠育艸』の序にいう。
「鼠家にありて善悪をしる。必ず鼠集まる時は近き吉事あり。子は干支の始めにして卦は即ち艮なり」。
要するに、鼠はめでたい。「干支の始め」だからである。干支とは、中国の獣帯のことだ。十二の瑞獣、すなわち十二支がいて、東洋では年毎に生まれたひとと運命づけられる。
しかし、「生物根付は鼠に始まり鼠に終わる」という黄楊売りや根付師の金言は、なにも縁起担ぎばかりに留まらない含意がある。生物根付における十二支揃は、すべて黄楊鼠であることにもちなむ。ゆえに、生物十二支揃でもっとも力を入れられるのも、子の根付だ。生物にかぎらず、十二支揃は子を見れば出来がわかる、というのが長年の経験に基づくわたくしの持論である。
そして、わたくし自身の根付趣味もまず子から始まった。二十年ほど前、鉄橋建築の技師として日本の新しい政府に招かれたわたくしは、初めての異国を探索したくなって、役人の目を盗んで訪れた濱町の古道具屋に寄った。店と呼ぶほどでもない、ようやく屋根のついただけの構えだった。その店先に、水紋のような模様の施された小箱が置かれていて、なんとなくそれにひきつけられたのだ。
細工の精巧さに感心しながら、その小箱を近目に見ようとすると、背の低い禿鼠のような店主が身振り手振りで、「抽斗を引いてみないか」と微笑んで誘ってくる。たしかに、小箱には親指と人差し指でようようつまめるくらいの取手がついている。
そうして、誘われるがままに抽斗を開くと、おもわぬものが出てきた。一インチほどの鼠が体を丸めて、すやすやと眠っていたのだ。
ふいをつかれたわたくしは、驚きのあまり跳びあがった。主人はそのさまを見て、カラカラと笑う。そして、抽斗のなかの鼠を取り出して、わたくしに手渡した。
触れてわかった。毛が硬い。どうも本物の鼠のようには思われない。主人が鼠を指さして「ツゲ、ツゲ」としきりにいう。ツゲとは日本のことばで鼠のことなのだろうか、といぶかしんでいると、主人の手がわたくしの指を包んで、「持って帰れ」といった素振りを示した。渡されても代金の持ち合わせがない。拒もうとするが、主人はにこやかに「イエイエ」などと申しながら鼠を押しつけてくる。こうなると、しょうがない。わたくしは居留区に鼠を持ち帰ることになった。
帰宅し、鼠を掌で転がしながらシゲシゲ眺めていると、最初は気味が悪くさえあった現実感が、次第に世界から一枚の皮を隔てたような神秘性に取って代わっていき、しまいには一晩じゅう見ていても飽きなくなった。故郷のヨナ島にいたころは、日本の事物についてほとんど無知だったものだから、乏しい知識から、なるほど、これが置物というやつか、と合点したような気でいた。合点したところで、けっきょく、使い途がわからない。しばらくは物言わぬ鼠を夜な夜な撫でまわしていた。
一月ほどしてようやく、仕事先で知り合った通詞の未太郎君から、鼠形のそれを根付と呼ぶのだと教わった。根付とはつまりなんだ、と彼に訊ねると、首をひねりながら「Charmでしょうか」と応える。鼠の肛門部の上に空いたふたつの孔に紐を通し、煙草や薬のための携帯用の佩垂に使うのだという。
Charmというからには、魔術の類であるはずで、してみるとなにかの不可思議が根付に宿っているのか。そう重ねて問うと、未太郎君はわたくしの鼠を手に乗せて、ゆっくりとその鼻先を彼のアジア人らしい細い指先でつまんだ。
なんのつもりか、と問う間もなく、鼠が矮躯を震わせた。胡桃色の眼をねむたげに開くと、ゆっくりと伸びをするように頭を持ちあげて、周りを見渡した。毛並はあいかわらず木に彫ったような粗さで、硬質でなめらかな表面に光の波がうっている。
「黄楊鼠です。肌理のなれ具合をみるかぎり、大阪物でしょうね」と未太郎君が紹介すると、鼠はわたくしのほうに鼻先をヒクヒクと向け、きゅう、と啼き、カリカリと硬く細い音を出しながらまた元のように丸まった。
上に掲げた『珍翫鼠育艸』の序は「三百歳の寿を経て、人に憑て年中の吉凶千里の外之事をしれり」とつづく。してみると、わたくしは、このときに鼠に憑かれたのかもしれない。
根付は、主にその形状によって形彫、金蓋、饅頭、柳左などに分類される。素材はあとからついてくるものだが、例外があって、それが生物彫である。生物とは、日本語でCreatureを意味する。生きている動物をそのまま根付に使う。とはいっても、腰に提げて歩ける動物というのはかぎられている。証拠に、現存する生物根付の大半は、他の動物を表現するにしても黄楊鼠を用いている。
未太郎君に教えられたところでは、生物根付というのはここ数十年のあいだに勃興したものらしい。江戸の数寄者たちのあいだで鼠同士をかけ合わせてめずらしい柄の種をつくるのが流行ったころに、偶然うみだされたのが黄楊鼠だったのだという。根付に使う木材のひとつである黄楊によく似た質感を持ち、断食させて眠らせると、体がいっそう硬くなる。つがい合わせこそ困難であるものの、眠らせつづければ何十年も生きる。一説には、最初に生まれた世代の黄楊鼠でまだ生きているものもいるといわれる。
鼠はそもそもが大黒さまの遣いであるし、黄楊は「告げ」とも通じて未来を卜す力があるとかないとかで、文化文政の御世には商家の旦那衆のあいだでありがたがられた。そのうち、江戸や大阪に黄楊鼠を育てて売る黄楊売りも現れて、当時、西の大名人と謳われた香玉斎成次も、堺まで素材となる鼠をひんぴんに買付けに来たという。
わたくしの鼠を、その名人香玉斎の作ではないか、といい出したのは末太郎君であった。末太郎君は九州の中津という場所の出で、有力な商人であった父御が根付に凝っていた。その父君が焦がれるほどに欲しがった名物が何点か存在し、そのうちのひとつが香玉斎の鼠なのだそうだった。閉じた目に施された塗が香玉斎の趣味に似ている、というのだ。
江戸期には押しも押されぬ声望を博した香玉斎だったが、一新を境に彫作をパタリと止め、どこかに隠棲してしまった。そういうわけで新作が出ず、どころか巷に流れていたはずの旧作も年々減りつづけている。業腹な黄楊売りや根付屋が値のつり上げを図って買い占めているらしい。
わたくしは未太郎君へ鼠の譲渡を申し出た。いまならば、ぜったいにそんなことはいわなかったろう。まめで生真面目な未太郎君のことを日本人のなかでも大変好ましく感じていたわたくしではあったが、それとこれとは話が違う。しかし当時のわたくしは、なんとなしに鼠に魅かれていたとはいえ、まだものの価値というものがよくわかっていなかった。なので、未太郎君の善良さに救われた。彼は「好意は大変ありがたいのですが」と前置きしたうえで峻拒した。
それはそれとして、鑑定に出そうという話になる。由緒なら鼠を手に入れた小間物屋の主が知っていそうだとおもって、未太郎君を遣いにやらせたが、店はなかったと報告された。未太郎君がやたらにうそをつくともおもえない。伝え方がわるかったのだと考え、今度は仕事にかこつけて、彼を伴い、わたくし自身の足で出向いたのだが、たしかに店が失せていた。
それからわたくしは根付を買い漁るようになった。最初は政府からいろいろと行動に枷をつけられて窮屈だったが、そのうち近場なら自由に出歩けるようになり、濱町にも足繁く通うようになった。あの店はなくとも、良い根付を揃えた店がいくつかあったのだ。おなじ居留区の知己にも根付に美術としての価値を見出して、根付を集めはじめるものも出たが、わたくしはもっぱら生物根付に傾倒した。生物は素材をそのまま活かした鼠形がほとんどを占める。意匠も眠り姿ばかりだ。しかし、最初は見分けのつかなかった日本人の顔にひとりひとり違いを識っていったように、鼠の顔だちにも個性があるのだとわかってくるとおもしろくなった。
日本に来て数年を閲するようになっても、最初の鼠の作者はとんと調べがつかなかった。香玉斎は存命と聞くし、いっそのこと公用という名分をたてて直に問いただす手もあろうかとも企んだのだが、さすがに泉州だか紀州だかでは手が出ない。伝手を頼って、識者に目利きを頼もうとしたが、断られた。未太郎君の話では、生物は真贋の見極めがむつかしいというので玄人ほど関わりを避けたがるらしい。
ほかの根付と違って、生物根付には名人であっても銘を附されないことが多い。鼠の側が彫られるのをいやがったり、根付師が生物に施せる細工の少なさを恥じてあえてつけなかったりする。なので、香玉斎のようであっても香玉斎という確信が得られない。よしんば、どこかでお墨付を得たところで、それも信用ならない。香玉斎にはただでさえ、贋作が多い。根付師の個性の出にくい生物根付なら、なおさらだ。
たまに鼠を起こして、肢体のどこかに銘か、あるいはそれに類するてがかりがないかと検めてもみた。だが、鼠は気怠げなあくびをつくばかりで、あまり動かない。すぐに寝付いてしまう。己の領地は夢のなかにあるものと心得ているらしい。そのような性分に造られていると了解しているとはいえ、鼠なのだからもうすこし活力というものを見せてくれてもよかろうとおもいもする。そうおもったのが、畢竟、良くなかったのかもしれない。
香玉斎には、生物根付の十二支揃があるという。十二支揃は根付の華で、米利堅ではそれ専門のコレクターもいる。なかでも生物根付の十二支揃は、異なる動物たちをそれぞれ黄楊鼠に模倣させるという点でひねりがきいており、愛好家には珍重される。しかし、一新以降はトンと新作が途絶えている。十二支揃用の鼠は、鼠同士をつがい合わせてそれらしい毛の模様を作り出すことに要があるのだが、先の内戦の混乱で育鼠産業が途絶え、根付自体の需要低下もあいまって、諸鼠の供給が途絶えてしまった。無念なことであるが、外つ国から来た身ではしようもない。
やがて、任期の期限がきた。元来の目的であった橋の建設はつつがなく進み、もはやわたくしの見るべきところもなくなっていた。日本に留まる理由はない。根付に通じた日本人とのコネクションもできつつあったし、もうすこし、鼠を集めたいともおもった。だが、ヨナ島に置いてきた妻子をいつまでも放ってはおけない。最終的には帰国の船に乗ることに決めた。
無論、根付も持ち帰る気でいた。単に見て触って心地よいのもあったが、東洋の最果てにかわいらしい小物が存在することを故国の人士たちに紹介したかったのもあっただろう。牧師の次男坊に生まれたものの神には興味を持てず、ずっと機械や鉄をいじって暮らしてきたわたくしにとって、初めて出会った不思議だ。これが神の恩寵のかけらだというのなら、死んだ父や牧師館を継いだ兄にも少しは歩み寄れる気がした。
ところが、帰国を翌週に控えた十月、鼠が消えた。濱町で手にいれた、あの鼠だ。仕度した行李を探しても、宿舎の畳をひっくり返しても出てこない。遁げたのだろう、とは未太郎君の見立てであった。生物根付の黄楊鼠は鼻をつまむなどして息をとめれば一時的に覚醒する。しかしそれは妄寝の類のようなもので、起きたうちには入らない。脱走するには我を取り戻す必要がある。
「つまり、生き返るということですね」と未太郎君はいう。
黄楊鼠はいかにして根付になるか。死なねばならぬ。まったき死ではない。死んだようにして眠らせる。我が国でもアナグマは猟師の銃声に驚倒し、そのまま寝息浅く眠ってしまうことがある。黄楊鼠の眠りは、それよりも濃い。夜神の生んだ双子の見分けがつかなくなるまで、深く長く眠らせる。そのためには長い手間をかけて黄楊鼠を苛み、不眠と不食に陥れ、絶望の淵へと追いやる。すると、鼠は死んだように眠る。根付となる。奇怪なもので、ほんとうに死んでしまうと、生物根付特有の艶やなれが褪せてしまう。そういうものは価値が落ちる。だから、生かしたままに死なせておく。それが生物根付の極意だ。
生と死の精妙な均衡のうえに成り立つものだから、たまに生に針が振れる。鼠が我を取り戻す。逃げられては元も子もない。わたくしたちは必死で鼠を捜した。だが、鼠一匹に対して人の町は広い。どうしても、見つからなかった。
刻一刻と焦りが募る。出立を二日後に控えるころになると、焦燥は弾けて諦観に変わった。あれはもう見つからぬ。そういう定めなのだ。そんなくさくさした気持ちで濱町をさまよっていると、「おひさしぶりです」と声をかけてくるものがあった。
見れば、あの古道具屋の禿鼠だ。あの水紋のついた小箱をぶらさげている。彼は小さな身体をさらに縮こませながらオジギをして、若い通詞さんから鼠の脱走について伺った、と話した。わたくしは彼の店の行方について訊ねようとしたが、先を制されてしまう。「脱け鼠を売りつけてしまったのは私どもの落ち度でございます」。あれは買ったのはなくて、もらった鼠だから。「イエイエ」とあの笑みを浮かべる。
そうして、詫びのしるしに、と小箱を置き、抽斗を開ける。
見事な十二支揃の鼠たちが並んでいた。斑模様の愛らしい丑、黄色く凛々しい寅、清廉な純白の卯、両耳のあいだから生えた角が勇ましい辰、手足のない細身が優雅な巳、四肢がすらりと長い午、綿のような毛並の未、面妖な申、派手派手しい鶏冠と尾羽のような尻尾のついた酉、イヌにしか見えない戌、象牙のような牙の生えた亥……。みな、眠っている。
直感が走った。これは、香玉斎の生物十二支揃ではないか。主人にそう訊く。彼は否定も肯定もしない。「持っていきなさい」とだけいう。
欲しかった。帰国の権利も、島に残した妻子も、この十二支揃と引き換えにしろといわれれば、たちまちに投げ出しただろう。だが、その十二支揃には欠落があった。始まりの子が。
この十一匹も、遁げますか、とわたくしは訊ねた。
遁げるでしょうな、と主人は断じる。そのように、造りましたから。
あなたは、とわたくしは名指しかけて、そこでためらった。口に出してしまうと、あの鼠のように消え失せてしまう気がした。
しばらく押し黙っていると、主人は抽斗を戻し、一礼して、十二支揃の収まったままの小箱を抱えて去っていった。
けっきょく、鼠は戻らなかった。
帰国の日、わたくしは持っていた他の根付をすべて未太郎君に譲った。戸惑う彼に、いらないなら捨てなさい、といいつけた。それか別の外国人に売るか。
島に帰ってからは、技師をやめて南瓜を育てだした。日曜には兄の教会に通うようにもなった。主島のほうではにわかに根付が流行り出して、わたくしも向こうの知人から助言を求められるようになった。根付に関していくつかエッセイも書いた。だが、実物を所有することは金輪際なかった。
生物根付を目にすることもなかった。生物根付を乗せた船は必ず沈没するという噂が立ち、たしかに日本時代の生物根付収集仲間のひとりは帰国の船が大波に呑まれて死んだらしいけれども、眉唾ものだろう。渡航により気候などの環境が変わって、鼠たちが「生き返り」やすくなったのだとおもう。実際、友人からは船中や寄港地で失くしたという話をずいぶん聞いた。近頃では、そもそも持ち帰ろうともしないらしい。
あれからわたくしも歳をとった。毎夜、床に入ると、暗い部屋の天上から、ちうちうバタバタと物音がする。共寝の妻はなにも聞こえないというが、わたくしには聴こえる。
きっと、あの鼠だ。
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