
鬼嶋清美
福岡県糸島市生まれ。専修学校日本映画学校(現:日本映画大学)卒業後、天文機器メーカーに勤務。瀬名秀明原作のプラネタリウム番組『虹の天象儀 -SKYFUL OF RAINBOWS-』などの制作を担当する。
2018年から2020年まで日本SF作家クラブ第24代事務局長を務めた。Kaguya Planetに掲載のコラム「プラネタリウム小説いろいろ」は、日本SF作家クラブのブログで公開していた記事(現在は公開終了)を加筆修正したもの。
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あなたはプラネタリウムを観に行ったことがありますか? 行ったことのある人もそうでない人でも、プラネタリウムが星を映す機械だということはご存知かと思います。
扉を開けて中に入ると、そこには白いドームの天井と、中央に鎮座する不思議な形の機械。座席に座って椅子を倒すと、天井を見上げた状態になります。操作卓に座った解説員が挨拶をすると、夕方の風景から陽が沈み今夜の星空を再現していきます。解説員が今夜見える星座たちを指し示して、星の並びに重ね合わせるように星座絵が浮かび上がる。
今日の星空を映し出すことはもちろん、北極点での星空でも赤道上の星空でも、あなたの生まれた日の生まれた時間の星空でも、彼と彼女が将来を誓い合った夜の星空でも映し出すことが出来るのです。
一度でも体験すれば、ここが特別な空間だと誰しも思うことでしょう。
そんなプラネタリウムが登場する小説を、これから紹介していきましょう。
実在するプラネタリウムが登場し、物語上の必然性がある活躍をする日本で最初の小説は、おそらく織田作之助の長編『わが町』でしょう。“ベンゲットの他あやん”こと佐渡島他吉の一代記である物語のクライマックスに、かつて大阪にあった大阪市立電気科学館のプラネタリウムが登場し、他あやんにとって思い出深いあるものを見せてくれます。戦前(1942年)に発表されたこの小説はのちに、日本映画の奇才であり生前織田作之助とも交友のあった川島雄三監督の手で映画化(1956年)され、大阪市立電気科学館で実際にロケがされました。現在は岩波文庫に収録されていますし、青空文庫でも読めます。川島雄三監督の映画もDVDで観ることが出来ます。
『わが町』に登場する大阪市立電気科学館は、1937年に日本で最初にプラネタリウムが設置された科学館です。カール・ツァイス社のプラネタリウム、ツアィスII型が設置され、1989年の閉館まで、半世紀にわたって大阪市民に親しまれていました。マンガの神様、手塚治虫も若い頃、電気科学館に通って、プラネタリウムの星空に親しんでいたといいますし、1987年の開館50周年記念講演にも出席されたそうです。
大阪都市協会が発行していた地域月刊誌『大阪人』の2006年10月号には大阪市立電気科学館を受け継いだ大阪市立科学館の特集が組まれ、田中啓文が連載していたコラム「なんやこれ?大阪」で「なにゆえSF作家は大阪に集中しているのか」を考察しています。大阪を中心とした京阪神で多くのSF作家を輩出したのは、電気科学館の存在があったからでないかというわけです。挙がっている作家の名前を羅列してみると、小松左京、筒井康隆、眉村卓、かんべむさし、堀晃、山野浩一……たしかに多くの作家がいることは間違いないですね。彼らのすべてが電気科学館や市立科学館に通ったかどうかは定かではありませんが、他の地域よりいち早く宇宙に触れられる環境があったというのは、何らかの意味を感じずにはいられません。
大阪市立電気科学館開館の翌年1938年には、東京の有楽町にあった東京日日新聞(現在の毎日新聞)本社に東日天文館が開館しました。電気科学館と同じくツァイスII型が設置されたこのプラネタリウムは、1945年、空襲によって焼失し、わずか8年という短命な運営で終わってしまいました。
この空襲による東日天文館の焼失をモデルに書かれたと思われるのが、秋山完『天象儀の星』(ソノラマ文庫 2001年)。空襲で焼けてしまうツァイス26号機を、爆撃機の飛行士の視点から描き、その飛行士の記憶を持った現代の青年の物語が交錯するファンタジックな短編です。著者の代表作『ペリペティアの福音』(ソノラマ文庫 1998年)と同一の歴史上にある物語ですが、是非両作とも復刊を期待したいと思います。
終戦から12年が経った1957年、渋谷駅前の東急文化会館の屋上に建設された天文博物館五島プラネタリウムが開館し、銀色に輝くドームは渋谷の象徴として2001年の閉館まで親しまれてきました。
日本の多くの人にとってプラネタリウムのイメージは、大阪市立電気科学館と、五島プラネタリウムが作り上げてきたことでしょう。
この五島プラネタリウムの閉館から、時空を超えて空襲前後の東日天文館を舞台に展開するのが、瀬名秀明『虹の天象儀』(祥伝社文庫 2001年)。五島プラネタリウム閉館の日の翌日、一人の少年がプラネタリウムが観たいと訪ねてくる。解説員である主人公は、もう動かない投映機を前にその機能を説明するが、少年の問いかけにあわせて星を映す投影球のレンズをのぞくうちに、時空を越えて東日天文館のある戦前の有楽町にタイムスリップする。そこで出会ったのは、当時の流行作家、織田作之助だった……。
中編小説の分量ながら、プラネタリウムそのものが活躍する本格的なSFと呼べる小説がここに誕生したといっていいでしょう。
また、同じく瀬名秀明にはバーチャルワールドとラブストーリーを組み合わせた長編『エヴリブレス』(徳間文庫 2008年)があり、閉館間際のプラネタリウムを主人公が観に行くシーンが登場します。ここでプラネタリウムが動作して星空が描かれるシーンは、プラネタリウムの動作としてはもっとも官能的な描写ではないかと思います。
いしいしんじ『プラネタリウムのふたご』(講談社文庫 2003年)は、星の見えないある村のプラネタリウムに、双子の赤ん坊が捨てられていたことからはじまります。プラネタリウムの解説員がその双子を引き取って育て、成長した2人はやがてそれぞれの道を歩みます。ひとりは村にやってきたサーカスについていき手品師に、もうひとりはプラネタリウムの運営を手伝うようになる。双子の対照的な人生を描いていきます。
川端裕人『せちやん 星を聴く人』(講談社文庫 2003年)は、自らを「せちやん」と名乗るプラネタリウムを自作する青年と出会った少年3人が、やがて成長してバブル経済の波の中で揉まれながら、それぞれの人生を歩んでいく物語です。
そもそもはヤングアダルト小説として刊行された梨屋アリエ『プラネタリウム』『プラネタリウムのあとで』(講談社文庫 2004年、2005年)の連作短編集2部作もあります。恋心が結晶してフレークになって空から降ってきてしまう少女、翼が生えてきた少年、石を生み出す少女など、少し不思議な登場人物たちの物語に、プラネタリウムが様々な形でからんできます。プラネタリウムが活躍するという意味では肩すかしをくらうかもしれませんが、ファンタジックなジュブナイルとしては非常に面白い読後感を味わわせてくれます。この短編集に登場してくる図書館と併設したプラネタリウムは、モデルとなる施設が都内に実在しますので、探して訪れてみてはいかがでしょうか。
プラネタリウムのドームは基本的に真っ暗な密閉空間にならなければなりません。密閉された空間といえば、ミステリの舞台としてもふさわしいのではないでしょうか。そのいくつかをご紹介しましょう。
第3回鮎川哲也賞受賞作であり加納朋子のデビュー作である連作ミステリ『ななつのこ』(創元推理文庫 1992年)。主人公の駒子は、日常で出会った不思議な出来事を、愛読していた『ななつのこ』という短編小説集の作者にファンレターの形で送ります。すると作者からは返信で謎解きがされるのですが、その手紙のやりとりの先には、もう一つの大きな謎と仕掛けがあったのです。この『ななつのこ』には、デパートの屋上にあるプラネタリウムが舞台となるエピソードがあり、そこで解説員をしている青年と主人公の出会いが描かれます。このプラネタリウムは都内のデパートの屋上に存在していましたが、現在は閉館となってしまいました。周囲の遊技場などの雰囲気はこの小説の中に永遠に残り続けることでしょう。
森博嗣の犀川創平と西之園萌絵のコンビが活躍する<S&Mシリーズ>の第3作『笑わない数学者』(講談社文庫 1996年)は、数学者が建てたプラネタリウムのある屋敷で起きた消失事件を軸に展開します。トリックそのものはある意味プラネタリウムという空間ならではとも言えるのですが、ミステリでありながら、この小説の美しさはトリックではないところにあるので、そこを読めるかどうかで評価が分かれる小説でしょう。
プラネタリウムで起きた密室殺人からはじまる幻想小説が、白鳥賢司『模型夜想曲』(アーティストハウス 2002年)。プラネタリウムで殺人が発生するが、遺体とプラネタリウム本体が消失してしまう。事件の調査を依頼された探偵。しかし調査が進むにつれて、現実とも幻想ともつかぬ世界へ踏み出していく……。著者はこれ一作のみの発表で、その後の活躍が見られなかったのは残念ですが、幻想小説の舞台としてプラネタリウムが描かれたことに意義のある小説でした。
プラネタリウムには機器を操作し、映し出した星空を解説する解説員が欠かせません。不動産管理会社に就職した社会人一年目の青年渡久地昴がプラネタリウム解説員となって奮闘するのが、美奈川護『星降プラネタリウム』(角川文庫 2018年)。天文知識もないのに渋谷にあるプラネタリウムに配属された主人公が、同僚や上司の支えと、プラネタリウムを観に来たお客様との交流を通して成長する物語。プラネタリウム解説員という仕事の面白さを見せてくれる小説です。
一風変わった形のプラネタリウムの解説者が主人公の物語が、柴崎竜人『三軒茶屋星座館』シリーズ(講談社文庫 2016年~2019年)。三軒茶屋の雑居ビルにあるプラネタリウムを設置したバー三軒茶屋星座館。そのバーのマスターでありプラネタリウムの解説を行う大坪和真。そのバーに転がり込んだのが双子の弟創馬とその娘月子。さらに様々な人間たちがこのバーに出入りする。それぞれの登場人物が抱えた事情を、和真が語る季節の星座神話と絡めていくエピソードが楽しいシリーズです。ヤンキー口調で和真が語るギリシャ神話は、奔放なギリシャの神々の本質を語っているとも言えます。夏・秋・冬・春と4巻、一風変わった星座神話の勉強になるかもしれません。
瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(水鈴社 2020年)は、PMS(月経前症候群)に悩む美紗と、パニック症候群を抱えた会社の同僚山添の交流を描いた小説です。今年公開された映画版(監督:三宅唱 2024年公開)では小説には登場しない、主人公が移動式プラネタリウムの解説を行うというオリジナルの展開となります。小説と同じタイトルが、プラネタリウムが登場することで違う意味をみせてくれます。美紗を演じる上白石萌音さんの声が素敵なので、実際に彼女が行うプラネタリウム投映を観てみたいものです。
これからのプラネタリウムは、どんなものになるでしょうか。
星新一のジュブナイル小説『宇宙の声』(角川文庫 1976年)には、冒頭、ドーム空間にリアリティのある映像、つまりバーチャルリアリティ空間が登場します。現在のプラネタリウムは、デジタルプロジェクターを複数台使用して、星だけでなくドーム全体に高解像度のデジタル映像を投映するバーチャル映像空間となっています。バーチャル空間というのは、SF的なアイデアとして珍しくないものかもしれませんが、いま実現してみると、星新一のテクノロジーに対する先見性に改めて驚かされます。
第35回日本SF大賞を受賞した藤井太洋『オービタル・クラウド』(早川書房 2014年)にはヘッドマウントディスプレイに表示するプラネタリウムが登場し、頭を向ける方向に3D映像を見ることが出来るようになっています。GPSと傾きセンサーを組み合わせればこのプラネタリウムは実現できますし、実際の開発・研究例も様々にあります。プラネタリウム本来の意味である「星の運行を表現する」空間は、ドームを飛び出して、より自由なデバイスとなっていくのかもしれません。
プラネタリウムを改めて本来の機能である、あらゆる場所と時間の星空を再現する機械として考えたとき、それは「星空のタイムマシン」と呼ぶことが出来るのではないでしょうか。空想の世界でしかないタイムマシンが、実在する機械として体感出来るのだとしたら、その魅力を活かしたフィクションはもっと描けるような気がします。
今回ご紹介した小説はプラネタリウムの様々な側面を見せてくれましたが、今後もさらに新たな人によって書かれた新しいプラネタリウム小説の登場を期待したいものです。
先行公開日:2024年10月19日 一般公開日:2025年1月18日
カバーデザイン:浅野春美
「プラネタリウム」特集 掲載作品
福岡県糸島市生まれ。専修学校日本映画学校(現:日本映画大学)卒業後、天文機器メーカーに勤務。瀬名秀明原作のプラネタリウム番組『虹の天象儀 -SKYFUL OF RAINBOWS-』などの制作を担当する。
2018年から2020年まで日本SF作家クラブ第24代事務局長を務めた。Kaguya Planetに掲載のコラム「プラネタリウム小説いろいろ」は、日本SF作家クラブのブログで公開していた記事(現在は公開終了)を加筆修正したもの。